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BLOG本当に、美大・芸大卒の先生がいいの?

子どものアート教室を探すとき、
「美大卒の先生です」
「芸大を卒業した講師が教えます」
「現役のアーティストが指導します」
こうした謳い文句を見ると、「この先生なら安心」「きっと良い教室なんだろう」と思う方も多いかもしれません。
もちろん、美大や芸大で専門的に学んできたことは素晴らしいことです。絵画や造形についての知識、技術、経験が豊富であることも、先生として大きな強みになります。
アルティキッズでも美大卒の先生が多いですし、
作家として活動している人、絵描きとして高い技術を持っている人もいました。
主宰の私自身も多摩美大の油画専攻を卒業し、長年アートの世界で生きています。
でも、長く子どものアート教育に関わってきて、私は強く感じていることがあります。
「絵を描く能力」と「子どもの心を育てる能力」は、まったく別のものだということです。
画家や芸術家として活躍していること=先生としても素晴らしいとは言えないのです。
絵が上手いことと、教えることは別の才能

例えば、デッサンを上達させたい。
油絵の技法を身につけたい。
美術大学を受験するために描写力を高めたい。
そういう目的の教室であれば、高い技術を持った画家や、美大・芸大で専門教育を受けた先生に習うことに大きな価値があります。
技術を伸ばすことが目的なら、その技術を高いレベルで持っている人に習う。当然のことです。
でも、私たちが目指している「子どもの心を育てるアート教室」は、それとは少し目的が違います。
もちろん、良い作品が作れるように、全力でサポートしています。
道具の使い方も教えます。
色のこと、形のこと、素材のこと。アートの面白さを伝えるための知識や経験も必要です。
でも、それ以上に大切なのは、
目の前にいる子どもの心を、どうやって引き出すか。
ということなのです。
子供達の表現には、基本的に全肯定なんです。
子どもの心や創造性を引き出す「言葉がけ」がある

例えば、子どもが何かを描いているとき。
大人から見れば、「もう少しこうしたほうが上手くなるのに」と思うことがあるかもしれません。
そこで先生が、
「ここはこう描いたほうがいいよ」
と直してしまうのは簡単です。
先生が手を入れれば、作品の完成度は上がるかもしれません。
でも、その一言によって、子どもの中にあった何かが消えてしまうこともあります。
反対に、
「これ、なんだろう?」
「なんでこの色にしたの?」
「おお!そんなこと考えたんだ!」
そんな問いかけの言葉たちから、子どもの心がどんどん動き始めることがあります。
「先生、これはね……」
と、突然目を輝かせて話し始める。
そして話しているうちに、
「あ!じゃあ、こうしよう!」
と、また新しいアイデアが生まれる。
先生が答えを教えたわけではありません。
子どもの中に最初からあったものを、先生の言葉が引き出したのです。
私は、子どものアートの先生には、この力がとても重要だと思っています。
レッスンの「お膳立て」も先生の大切な仕事

そして、もう一つ大切なのが、レッスンの準備です。
今日は何をするのか。
どんな素材を用意するのか。
どこまで説明して、どこから子どもに任せるのか。
子どもが「やってみたい!」と思えるように、どんな見せ方をするのか。
逆に、お膳立てしすぎて子どもの自由な発想を奪っていないか。
子どもたちが夢中になれる環境を、あらかじめどうつくっておくのか。
こうしたレッスンの「お膳立て」には、絵の上手さとはまた違った経験とセンスが必要です。
先生自身が素晴らしい作品を描けるからといって、子どもたちが夢中になるレッスンをつくれるとは限りません。
なぜなら、主役が違うからです。
画家として活動するときの主役は「自分」です。
でも、子どものアート教室の主役は、
子どもです。
子供たちから教えられることばかりです。

先生が上ではなく、子どもと同じ目線で。
私は、子どものアート教室では、「先生だから偉い」という関係はいらないと思っています。
先生が正解を知っていて、子どもがそれを教えてもらう。
先生の言う通りにやれば、上手にできる。
そういう関係だけでは、子どもの自由な心はなかなか育ちません。
むしろ先生自身が、
「えっ!そんなこと考えたの?」
「その発想はなかった!」
「先生にも教えて!」
と、子どもから学べることが大切です。
実際、子どもたちと一緒にいると、教えられることが本当にたくさんあります。
大人だったら思いつかない色の組み合わせ。
「普通はこうする」という常識を軽々と飛び越えていく発想。
失敗したものを、全然違うものに変えてしまう力。
子どもたちは、面白い。
だから私は、先生と生徒という関係でありながらも、どこか友達のような関係があっていいと思っています。
一緒に笑う。
一緒に驚く。
一緒に面白がる。
先生が子どもの目線まで降りるのではなく、むしろ同じ目線に立って、その子が見ている世界を一緒に見てみる。
そこから初めて見えてくるものがあります。
「この子は何を表現したいんだろう?」

子どもの作品を見るとき、完成度だけを見る先生と、その向こうにいる子どもを見る先生では、関わり方が変わってきます。
「上手にできたね」だけではなく、
「この子は今、何を面白がっているんだろう?」
「何を表現したいんだろう?」
「どうしてここだけ、こんなに夢中になっているんだろう?」
そんなふうに、作品を通して子どもの心を見る。
そして、その子がもう一歩進みたそうにしていたら、そっと背中を押してあげる。
困っていたらヒントを出す。
でも、先生の答えを押しつけない。
待ったほうがいいときには、待つ。
それには、子どもをよく見る力が必要です。
そして根底に必要なのは、やっぱり子どもへの愛情だと思います。
「愛」という抽象概念を掲げても具体的にはいったいなんなの?
と思いますよね。
それは、一人一人をよく知ろうとすること、だと思っています。
美大卒かどうかより、見てほしいこと

もちろん、アートの知識も、経験も、技術も、たくさんあるほうが良いです。
私も、そこを軽視しているわけではありません。むしろ大切にしています。
でも、
「美大・芸大卒だから、子どものアートの先生としても優秀」
とは限らない。
それは、まったく別の能力だからです。
子どもの心を育てるアート教室の先生に必要なのは、
子どもと同じ目線で世界を見ること。
子どもの気持ちをつかむこと。
その子の中にあるものを、言葉や環境によって引き出すこと。
そして何より、
子どもを愛情を持って見つめ、その子自身を尊重すること。
「先生のように描けるようになってほしい」のではありません。
その子が、その子にしか描けない絵を描いてほしい。
先生が想像もしなかったものをつくって、
「先生、見て!こんなのできた!」
と目を輝かせてほしい。
そして先生も、
「うわ、面白い!こんなの先生には思いつかなかったよ!」
と一緒に喜べる。
私は、そんな先生こそが、子どもの心を育てるアート教室に一番向いている先生なのだと思っています。
アルティキッズ主宰
HIDERU

