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BLOG―子どもの「見えている世界」を信じる―
2026年8月14日、世界的な芸術家・草間彌生さんが97歳で亡くなりました。

水玉、網目、南瓜、無限に続く鏡の空間。
世界中の人々を魅了してきた草間彌生さんですが、その人生をたどっていくと、華やかな「世界的アーティスト」という言葉からは想像できないほど、激しい人生を生き抜いた人だったことがわかります。
草間彌生さんの幼少期
波乱万丈の人生の草間さんですが、僕が特に心を動かされるのは、彼女の幼少期です。
草間彌生さんは1929年、長野県松本市の種苗業を営む家庭に生まれました。
幼い頃から、不思議な体験をしていたといいます。
植物が人間の言葉で話しかけてくる。
自分の周囲が水玉や網目に覆われていく。
世界が増殖し、自分自身までその中に消えていくように感じる。
10歳頃には、そうした自分に見えている世界を絵に描き始めていました。
つまり、あの世界的に有名な「水玉」は、大人になってから考案したデザインではありません。
その原点は、ひとりの少女が見ていた世界にあったのです。
僕はここに、子どものアートを考えるうえで、とても大切なことがあると思っています。
子どもは、大人とは違う世界を見ています。
空がピンクでもいい。
人間より猫が大きくてもいい。
家が空を飛んでいてもいい。
紙いっぱいに同じ丸を何百個描いたっていい。
「どうしてこんな絵を描いたの?」
と大人には理解できないこともあるでしょう。
でも、その子にはその子にしか見えていない世界がある。
そこに大人がすぐ、
「空は青でしょう」
「人間の手はこう描くんだよ」
「もっと上手に描きなさい」
と正解を持ち込んでしまったら、その子だけの世界は消えてしまうかもしれません。
草間彌生さんの人生を見ると、それを強く感じます。
彼女の母親は、娘が芸術家になることに反対していたと伝えられています。
一方で草間さんは、家の周囲の畑へ出かけ、植物を繰り返しスケッチしていました。南瓜も少女時代から大好きなモチーフでした。
それでも彼女は描くことをやめませんでした。
やがて日本を飛び出し、1957年にアメリカへ渡ります。
ニューヨークで「インフィニティ・ネット」と呼ばれる巨大な網目の絵画を発表し、ソフトスカルプチャー、鏡を使ったインスタレーション、パフォーマンス、映画、ファッション、文学へと表現を広げていきました。
しかし、その道は決して平坦ではありませんでした。
女性が世界のアートシーンで認められることが今よりはるかに難しかった時代です。
経済的な困窮、孤独、挫折。
そして幼い頃から続く精神的な苦しみ。
1973年に日本へ帰国し、その後は病院で暮らしながら、近くのアトリエへ通って制作する生活を長年続けました。
それでも、描き続けました。
どん底からの復活〜世界的アーティストへ
そして人生の後半、草間彌生という名前は世界中へ広がっていきます。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京。
世界の美術館に長い行列ができ、南瓜や水玉、インフィニティ・ミラー・ルームを世界中の人が知るようになりました。
2016年には文化勲章を受章。
2017年には東京に草間彌生美術館が開館しました。
そして97歳。

人生の最後まで、彼女は絵を描いていました。
僕は草間彌生さんの人生を見ていると、芸術とは「上手に描くこと」ではないと改めて思います。
自分の中にある世界を、誰に否定されても手放さないこと。
それこそが、表現なのではないでしょうか。
僕自身も、決して一直線の人生ではありませんでした。
アート教室を始め、失敗し、一度閉鎖し、そしてもう一度始めました。
経営でも人生でも、何度も壁にぶつかりました。
それでも結局、僕はアートのところへ戻ってきました。
子どもたちと作品をつくり、自分自身も作品をつくり、個展を開き、今もまた新しい世界へ進もうとしています。
だから草間彌生さんの人生に、僕は強く惹かれるのだと思います。
人生が順調だから、作品が生まれるのではない。
むしろ、うまくいかないことも、孤独も、悔しさも、自分にしか見えない景色も、全部がいつか表現の材料になる。
これは子どもたちにも伝えたいことです。
アルティキッズで僕が大切にしたいのも、
「上手な絵を描ける子を育てること」
ではありません。
自分の世界を持っている人を育てることです。
「これを描きたい」
「こんなものを作ってみたい」
「みんなと違うけど、僕はこれが好き」
その小さな気持ちを、大人が潰さないこと。
むしろ、
「面白いね」
「もっとやってみよう」
と背中を押すこと。
それがアート教育の役割なのだと思っています。
草間彌生さんが10歳の頃に描いていた不思議な水玉の世界を、もし周囲の大人たちが完全に消してしまっていたら。
僕たちは今日、あの無限に広がる草間彌生の宇宙を見ることができなかったかもしれません。
教室にいる子どもたちの中にも、まだ誰も見たことのない世界を持っている子がいるかもしれない。
いや、きっと全員が持っています。
僕たち大人の仕事は、その世界に「正解」を教えることではなく、
その子だけの世界が消えないように守ること。
そして、外の世界へ出ていく勇気を与えること。
草間彌生という一人の少女が、松本の畑で見ていた不思議な景色は、約90年の時をかけて、世界中の人々が見る景色になりました。
ひとりの子どもの小さな絵の中には、
世界を変えるほど大きな宇宙が隠れている。
草間彌生さんの97年の人生は、そのことを僕たちに教えてくれているように思います。
草間彌生さん。
長い長い創作の旅、本当にお疲れさまでした。
そして、子どもの頃から最後の日々まで、自分の世界を描き続けてくれて、ありがとうございました。
お冥福をお祈りいたします。
中目黒アート教室アルティキッズ主宰
HIDRU

