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パブロ・ピカソ「やっと子どものように描けるようになった」 〜巨匠の幼少期シリーズ②
2026/09/01

巨匠の幼少期シリーズ①

「やっと子供のように描けるようになった」

ピカソ 夢
小学2年生が模写したピカソの「夢」

アルティキッズ主宰のHIDERUです。

アルティキッズでは、ピカソのキュビズム時代をテーマに、ピカソの絵みたいな仮面を作りましたよ!

ピカソの仮面

最初に、正面から見た絵と横から見た絵を描いて切って貼って、面白仮面ができました!

 

パブロ・ピカソ

「子どもの頃、私はラファエロのように描けた。
しかし、子どものように描けるようになるまでには、一生かかった。」

20世紀を代表する芸術家、パブロ・ピカソの言葉として知られる言葉です。

ピカソのこの言葉を初めて知ったとき、私はとても深い言葉だと思いました。

普通なら、子どもの頃は絵が下手で、大人になるにつれて上手になっていくと考えます。

ところがピカソは、その反対のことを言っています。

「子どものように描くこと」に、一生かかったというのです。

なぜなのでしょうか。

そこには、私が子どもたちとアートをする中で大切にしていることと、深くつながるものがあります。

天才少年だったピカソ

アルティキッズ絵画クラス ピカソの絵の模写をしました!小学2年生の作品

 

1881年、ピカソはスペイン南部のマラガに生まれました。

父親は画家であり、美術教師でした。

幼い頃から絵に囲まれて育ったピカソは、驚くほど早くその才能を開花させます。

10代の頃には、すでに大人顔負けの写実的な絵を描いていました。

人体の構造、光と影、立体感、遠近法。

若き日の作品を見ると、

「これ、本当に10代が描いたの?」

と思うほどです。

つまり、後年のピカソが顔を歪ませたり、目の位置をずらしたり、身体を不思議な形に描いたのは、「上手に描けなかったから」ではありません。

上手に描こうと思えば、いくらでも描けた。

その技術を持ったうえで、あえて壊していったのです。

大人になるほど、絵は不自由になる?

小さな子どもたちとアートをしていると、本当に面白いことが起こります。

太陽を青く描く。

顔より大きな目を描く。

猫に羽をつける。

家の上に巨大なケーキを乗せる。

こちらが思いもしなかった色を混ぜ、思いもしなかった場所に何かをくっつける。

そこには「正しいか、間違っているか」という発想がありません。

ところが、成長するにつれて少しずつ変わってきます。

「先生、何色にすればいい?」

「これで合ってる?」

「上手?」

「見本と同じにならない」

正解を探すようになるのです。

これは絵だけではないと思います。

大人になるにつれて私たちは、

「普通はこうする」

「失敗したら恥ずかしい」

「人と違ったらどうしよう」

「こんなことをしたら笑われるかもしれない」

というものを、たくさん身につけていきます。

もちろん、社会で生きるためには必要なこともあります。

でもその一方で、子どもの頃に持っていた自由な感覚を、少しずつ手放してしまうことがあります。

ピカソは「上手」を捨てた

ピカソの作品は、生涯を通じて大きく変化しています。

青の時代、バラ色の時代、キュビスム、古典主義的な作品、彫刻、版画、陶芸……。

ひとつのスタイルで成功しても、そこに留まりませんでした。

せっかく手に入れた「上手な描き方」さえ壊して、次の表現へ向かっていきました。

上手に描ける。

でも、上手に描かない。

正確に描ける。

でも、あえて形を壊す。

知識がある。

でも、初めて世界を見る子どものように、もう一度見る。

それを繰り返した人だったのだと思います。

ピカソが最後まで求め続けたもの。

それは技術の先にある、

「自由」

だったのではないでしょうか。

子どもたちは、最初からそこにいる

アルティキッズで子どもたちと制作していると、私自身が驚かされることがよくあります。

大人が考えた完成形を、軽々と飛び越えていくのです。

「そう来たか!」

と思う。

そして私は、そういう瞬間が大好きです。

だからアルティキッズでは、全員に同じ「上手な作品」を作ってもらうことを目的にはしていません。

大切なのは、

自分で考えること。
自分で選ぶこと。
自分の「好き」を信じること。
失敗から別のものを生み出すこと。
人と違うことを面白がること。

そして最後に、

「これが僕の作品」
「これが私の作品」

と言えること。

それは、自己表現であると同時に、自己肯定でもあると思うのです。

私自身も、まだ途中にいる

私は子どもたちにアートを教えながら、自分自身もアーティストとして作品を作っています。

教室を始め、失敗し、また始め、作品を作り、個展を開き、そして今も新しい世界に挑戦しています。

年齢を重ねるほど、普通なら守りに入りたくなるものかもしれません。

「もうこの歳だから」

「今さら遅い」

「失敗したらどうしよう」

そう考えれば、挑戦しない理由はいくらでも見つかります。

でも私は、むしろ逆でありたいと思っています。

まだ見たことのない作品を作りたい。

まだ行ったことのない場所へ行きたい。

日本だけではなく、世界にも作品を届けたい。

何歳になっても、

「次は何をやろう?」

と思っていたい。

そしてそれは、毎日アルティキッズにやってくる子どもたちから教えてもらった生き方でもあります。

子どもは、昨日失敗したからといって、

「もう人生遅いな」

なんて考えません。

面白そうなものを見つけたら、触ってみる。

やってみる。

壊れたら、また作る。

違ったら、別の方法を試す。

実はこれは、ものすごく強い生き方なのではないでしょうか。

「子どものように描く」ということ

アルティキッズ ピカソの仮面
アルティキッズ ピカソの仮面作り

ピカソの言葉に戻ります。

「子どものように描けるようになるまでには、一生かかった。」

これは単に、子どものような絵を描こう、という意味ではないと思います。

人からどう見られるかより、自分がどう感じるか。

正解を探すより、自分で答えを作る。

失敗を恐れるより、まずやってみる。

そんな「自由」を取り戻すことなのではないでしょうか。

そして、それはアートだけの話ではありません。

生き方そのものの話なのだと思います。

私たち大人は、子どもたちにいろいろなことを教えます。

でも子どもたちもまた、私たちに大切なことを教えてくれています。

自由であること。

夢中になること。

人と違っていいこと。

何度でも作り直せること。

そして、自分の世界を信じること。

ピカソが一生をかけてたどり着こうとした場所、

 

実は子どもたちは、最初はみんなそこに立っていたんです。

ピカソがやってきたことは、それを取り戻す作業だったのかもしれません。

そして私自身も、子どもたちと一緒に、

もっと自由に。

もっと面白く。

まだ誰も見たことのないものを作りながら、生きていきたいと思っています。

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